母、逝く

人間
02 /08 2018
6日がいい天気になったので急遽実家に帰省することにしました。
時間ができたのと(行こう)と思い立ったから。

いつも通り身辺整理と掃除をして7日の夜寝れば自宅に帰る予定でした。
なので掃除用の服しか持たず(車なので)コートも持たず出かけたのですが7日の夜23時ごろ母が転倒しそのまま逝きました。
悲しさよりホッとしたというのが本音です。

独居なので人知れず死んでいくのが怖い、とよく言っていましたが私がいて最期は子供たちに手を握ってもらいながらだったので願いが叶ったなと思います。

思いもよらない展開でしたがその間「天使の回答」が自宅のPCに来ていました。

「行動しなさい」

母を送り、それからのことを示唆してもらったようでした。

とりあえず準備を取りに帰ってきましたが明日からまた帰省。
考えがまとまりませんが今は動こうと思います。

犬を飼う事

01 /17 2018
問題集で仏教の事ばかり考えていたら日曜に友人から
「犬を飼うことについて仏教的立場で考えた」
というメールが来ました。

生き物を飼うって「布施」の精神なんじゃないかな。
ペットって言ってしまうと、人の身勝手という印象になるけど、
托鉢僧へのお布施と考えると、なかなか深い。
・・・・・
熱心な仏教国では、托鉢僧に食べ物を喜捨すると、徳を積めるといって
皆、こぞって布施するらしい。他者を生かすとは、最高の徳なんやな。
・・・・・
そんなこと考えながら、寒空の下での散歩に耐えています。
公園でしばしの放生。帰ったら布施。


そんな目線で考えたことがなかったから面白いなぁと思いました。
徳を積むために布施をするのは厳密な理論では意味がありませんが、質の低い衆生にはまず形からという事なんでしょう。
考えていたことがそのままメールで帰ってきました。

でも価値観と言葉の定義の違いからかちょっと違和感が。
私もナンチャッテ仏教的に考えてみました。

私と縁を結び何かしらお互い学び合おうという前提。
うちに来た犬は慈悲が形を取ったものと考えています。
犬の方が私に多くを与えてくれていました。もちろん物質的なものではありません。

「慈」は与楽、「悲」は抜苦

もう、そのまんまでしょう?

犬には上から目線で「救ってやるぞよ、助けてやるぞよ」という気持ちはなくストレート。感情のままに行動します。
必要な時に必要なだけ寄り添い、一緒に楽しんでくれるだけ。
説教なんてしませんw

人側が生殺権を握っていて(生活面で)言語が通じないため受け身ですが逆に行動全てが雄弁に語っています(きっと)
こちらに心がないと何も受け取れないという高度なメッセージです。
どれだけも受け取ることはできていなかったと思いますがそれが彼らからの布施だったかと。

一般的に人間は犬に食べさせてる、散歩に行ってやっている、遊んでやっていると上から目線。
しかも反抗は一切認めない。愚痴と命令と禁止の言葉がほとんどではないかな。
布施、喜捨とは程遠い言動で犬に相対しています。
それなのに犬たちは懸命に寄り添おうとしてくれる。

私はその慈悲に甘えすぎ、そこに執着してしまったから居なくなって辛いんだと思います。
在って当然のものがない、二度と反応が返らない。そう思うだけで寂しく視界が暗くなりました。

居なくなった寂しさを忘れるためか、自分は本当に犬と暮らしていたか疑う時期もありました。
楽しかったことが妄想だった気がしました。そんなことは無いのに!
別れが辛すぎて別れをなかったことにする(妄想だから初めから無かったという虚偽)暴挙に出ました。
バカだ、私。前から知っていたけど思う以上にバカでした。

居なくなって感じたこと。
仏教のキーワードに
諸行無常―すべてはうつり変わるもの   というのがあります。

世の中のあらゆるものは一定ではなく、絶えず変化し続けているという真理

全て存在するものは絶えず移り変わっていると観察する人生観であり世界観


何の根拠もなく、自分と犬が離れるのはもっと先だと思い込んでいました。
だから急に居なくなる事(=変化)に心がついて行きません。

自分が向上し、世界が変わることを望んでいるのにそれとこれは関係がないと。
自分の尺で他も括ってる。

頭では分かっていた(知識)けどミの次元では分かっていなかった、本当の変化を望んでいなかったのだと分かりました。
これでは変化するはずもありません。
犬のいない生活を送ることでようやく無常について理解が進んだと思います(ナンチャッテ仏教観ですが)

日々ほとんど変化のない生活は安穏で楽かもしれない。
でもそこには刺激もきっかけもなく思考することもなく漫然と息しているだけ。
向上なんて夢を見すぎもいい所だ。

犬を飼う事からこんな着地になってしまいましたがそろそろ動こうと無意識では決めているからと思います。

天の声

人間
01 /17 2018
前の記事で
結論
次回連絡があるまでほっておく

と書きましたが日曜に連絡が来ました。先ほど明日、とりあえず行くと伝えました。
要請があったので顔だけは出しておきます。

明日来るなら
家が空っぽになるくらい片づけて欲しい

とまた不可能なことを依頼してきました。
老人にありがちな色んなものをため込んだ一軒家です。(頃す気か・・・)

12月も片づけた時、自分でこれもいる、あれもいると捨てなかったよね・・・
一年いても無理なことを一日ではできるわけがないと何度言っても理解してもらえません。

家を売却するとき一斉に片付けてもらう、これが何度言っても分からず、堂々巡り。
要らないものをガレージに出してと言いますがガレージより家の方が大きいんですよ。
ガレージからどう処分するか、まったく考えていません。

最近頭がおかしいと思うと電話で繰り返すばかり。
いや、他人の話を聞いてくれ・・・


これ、私もやらかしてると反省。
思考せず人の忠告も聞かずただ生きている。
自分の声が自分に突き刺さります。

考えないし、レベルが低いので動くことでしか学べません。
安穏な生活なのでこういうきっかけがたまには必要なんですわ。

色鉛筆

犬絵
01 /15 2018
年末から正月にかけての私の誕生週間に娘から色鉛筆とピーターラビットの塗り絵をもらいました。
今回トーン違いで3セット、30色。微妙な違いが面白い。

初めて使うのに塗り絵もねぇ・・・
年明けから考えていましたが急に描きたくなった構図が浮かびました。

あやにゃんさんのブログのルルさんからのコメント
180114_犬絵   「ぼくこっちでアリスさんに海辺を案内してもらったり 
  駆けっこしたり遊んでもらっているですよ!」

これを読んだらイメージが浮かんで離れません。
写真でも泣けるのに果たして描き切れるのか不安でしたがこれは描くまで残るので始めました。

ボーさんに至っては2年半描けませんでした。それがちらっと写真を見ただけでほとんど思い出して描けました。
泣くことなく。
思い出しなのでいつもよりイラストっぽく遊んでみました。ラフなのでさらっと。
頭に浮かんだのはあーがメインだったのですが描きだしたらボーが前面に出てきました。若い頃の顔だ~
今までの分、注目して欲しかったんだろうなぁ。ごめんよ(つД`)ノ

描いている間、海に行って楽しかったことが浮かんできます。
追いかけっこをしたりディスクをしたり泳いだり、おやつを食べたり。
一緒にいるだけで満足だった素晴らしい時間。

最近、本当に私はあの子たちと暮らしていたのか、夢ではなかったかと疑う時があります。
素晴らしすぎる妄想だったかと。
絵を描いていて私の中にしっかり沁み込んでいるのだなと分かりました。
疑って(。-人-。) ゴメンネ

描きながらぼーが(進んでええよ)と言ってくれた。2年前に出来なかったお別れをようやくきちんと告げる事ができました。
自分の中で感情整理ができてきたようだ。責めてばかりいたけれど楽しかったことも思い出す。
次はあーちゃんの番。
ルルさん、娘、きっかけをありがとう m(__)m

今更、初夢の話

夢判断
01 /10 2018
今年の初夢の話を今頃…
2日の夜に見た夢。


実家にいて三兄弟そろっている。
和室の縁側に不用品を出している。縁側がいっぱいになるほど集まっている。
その中で母が着物を見つけ「これは高かった」と言って残そうとしている。
私はその着物はあまり好きではなかった。
つい 「この間気に入った着物を500(800?)円で買ったから要らない」
と言ってしまい母が驚き、少し怒ったようにどこで買ったかと詰め寄ってきた。

長兄が寝過ごしたらしく慌てて出かけようとしている。今は10時過ぎだが本来は8時半に出なければいけなかった。
父方の叔母の家の話をしていた。

実家で今生きている家族が全員集まっている。そして全員(寝過ごしている長兄以外)起きていて片付けをしているので自分の中で家族に関する感情整理の作業をしていることを示している。

長兄とはあまり良い思い出がない。善い人なんだが内弁慶なのに傲慢で独裁的な典型的な長男で自営業が経営破たんし体を壊し絶賛引きこもり中。
思いついては事業に手を出し失敗を重ねその都度母が尻拭いをしている。その辺りが寝ていることで示されている。

父方のおば家も私は好きではない。下種の観繰りが激しいから。
そこに行こうとしている(か、同情してその話をしている)長兄はそこと似波長なのか?
今から離れるかもしれない。
次兄とは元々仲が良く、年末から年始にかけて母の件で電話で話していて意見があっている。夢では直接話していないが近くで一緒に働いている。実際でも会うことはまれだが方向性は同じだと示されている。

母は見ているだけだがあれこれ口は出してくる。同じ着物好きでも価値観が違うことが理解できず不要と見なしたものをいるだろうと戻そうとする。今までなら素直に戻しただろうがもうスッパリしたいので言い返して自分の価値観で分けようとした。

長兄が寝過ごして遅刻したことは本来ならもっと早くに異波長で分かれるはずだったが私も気が付かずそのまま来てしまっていたことを表している。この事態は凄く不味い。それに気付けという警告のようだ。叔母家とはもう何年も会っていない。

   **********************

そんな夢を見てしばらくたった9日、実家近くの母の友人から「母の様子がおかしいから見に来てあげて」と電話があった。
とりあえず電話してみたが声は凄く元気そうだ。どこかおかしいのですぐ来てくれというが私は風邪をひいて熱を出し、腰痛がひどく出歩ける状態ではなかった。正直にそういうと「だったらもういいわ」とガチャ切りされた。

自分の意見に同意されなかったらいつもこういう態度を取るので分かりやすい。おかしいという行動もよくとる行動のパターンだが年が年なので近くに住む次兄に聞いてみた。

結論
次回連絡があるまでほっておく

毎回親身になって相談を受けるも結局長兄のことで話は進まず振り回される。
しかも長兄も嫌だと言っていることに母はそうしてほしいと固執しているから手に負えない。
まず長兄と話し合って意見をまとめてきたら行動に移そう、そういうことに次兄とまとまった。

夢で私が母の意見に同意せず自分で決めようとしたら実生活に念が飛んできたようだ。
 
私の対応がいつもと違ったから今回母から直接電話ではなく他人を使ってきたw
しかも次兄の義姉のところにも私に電話するよう根回ししていたw
長兄夫婦には連絡なしw

優しい義姉は私に連絡せず母にしたようだ。
身体の不調ではなく精神的に寂しい、淋しいが募っている為と思うが仕方がないと思う。
母にすればこんな時は娘が飛んで帰ってくるものと思っているようだがそれは今迄のこと。

家でゴロついている長兄ときちんと話し合ってからでないと私たち(次兄と私)は動けない、動かないという事を理解してほしい。

でりあ777

この絵はPANDORAで描いて頂いた「私の本質」
魂の故郷シリウスだそうです。