HSP

カード、占い、診断
04 /25 2018
HSPなるものを知った。繊細で疲れやすく創造性豊かな人たちとある。人口の20%とあるが空気を読む日本人はもう少し高いという人もいる。

「Highly Sensitive Person」の略で、「とても敏感な人」という意味になります。アメリカの臨床心理学者であるエレイン・アーロン博士が提唱。
遺伝特性であり「生まれ持った心」 繊細で人の気持ちや周囲の空気に非常に敏感な性格のことを言います。

周囲の人に比べて、物事を重く繊細に捉えることのできる人。一見とても優れているように思えますが、HSPを抱えている人の多くが「生きづらさ」を感じているとも言われています。

大まかな特徴は
繊細で真面目
引っ込み思案
神経質
打たれ弱い
人とのコミュニケーションが苦手

   なんか、根暗で面倒くさいイメージ…   あ、私か。
もう少し特徴を。

①深く情報を処理する
場や人の空気を深く読み取る能力に長けています。しかし逆に言うと情報を読み取りすぎるため、疲れてしまう原因にもなります。

②過剰な刺激を受けやすい
光や音そして周りの状況から、普通の人より多くの刺激を感じてしまうため、人込みや騒音が苦手な傾向にあります。

③共感しやすい
親や自分の周りの人の感情を読み取り、自分を合わせることが多いのも特徴の一つです。また小説やドラマなどで、作品に強く感情移入する点も挙げられます。

つまり、HSPとは人よりも感度の高いアンテナを常に張っている状態なのです。


HSPの方は敏感で、しかも良心的なため、疲労感やストレスを感じやすい。疲れ果てるまで自分を酷使した結果、そのストレスによって慢性疲労症候群を引き起こしてしまう可能性がある。
詳しい説明はここが分かりやすかった。
気質診断はここで。

やってみたらやはりそうでした。
プレッシャーに弱く、ストレスを感じやすい。すぐに疲れる。
体力がないと体の事ばかり目に行っていましたが、他人より脳情報を取り入れる量が多いため疲れやすいとのこと。
単に体だけではなかったようです。
これが分かっただけでもちょっとすっきりしました。
もう体力つけるにはトレーニングしかないと諦めてましたから。

これにはもう一つHSSという別の診断があります。私は日本人向けのこちらの方がしっくりきました。
High Sensation Seeking の略で「刺激を求める人」という意味でありマービン・ズッカーマンという心理学者がつくった言葉です。
HSSは「変化に富み、新奇で複雑かつ激しい感覚刺激や経験を求め」、さらに「こういった経験を得るために肉体的、社会的、法的、経済的なリスクを負うことを好む」といいます。人口の30%が当てはまると言われています。
ギリギリHSSというくらいなのでリスクを負うことは求めてはいないが好奇心はあると思う。

この二つから4タイプに別れます。

HSP/HSS  人口の6%
移り気である。HSPの敏感さとHSSの衝動性の両方をもつため、神経の高ぶりの最適レベルの範囲が狭い。
つまりすぐに圧倒されるが、同時に飽きっぽい。
敏感さと好奇心・衝動性を持つため新しい経験を求められるが疲弊しやすく動揺したくない…大きな危険はおかしたくない。感情のブレーキとアクセルを両方踏んでいるような感じとよく例えられる。

HSP/非HSS
衝動的ではなく静かでおとなしい生活を好む。
内省的で、静かな生活を好む。衝動的でなく、あまり危険を冒したがらない。

非HSP/HSS
好奇心いっぱいで、衝動的、すぐに危険をおかし退屈してしまう。状況や周りの人の心などの微細な変化にを余り気にせず興味もない。

非HSP/非HSS
それほど好奇心もなく内省的でもないので、余り深く物事を考えたり悩むことも少なく淡々とした生活で満足できる。



HSPの人は共感能力が高く、他人との境界が薄いことが多い。また危機意識の高さゆえ、相手から攻撃されないような同調行動を取る傾向にあります。この同調行動は一種の防衛反応として捉えることができますが、その過程において、本来の自分の気持ちを偽ってまで無理をしてまでとことん相手に同調するのです。
周囲に同調し、傷つけられないよう別人になりきってしまう「過剰同調性」です。
相手を思いすぎて自分の負の感情を表に出すことができず、また自己主張の経験が乏しいので、自分さえ我慢していればいいという形になってしまいがち。
この自己肯定感の低さは過剰同調性につながっていきます。自分の中に確たる自信がないから他者に同調するようになっていくのです



HSPとHNSの傾向を両方有していると感情面においても感覚面においても感受性が強く、リスクを回避したい不安とチャレンジしたい意欲に板挟みになって疲れ果てるかもしれません。

こうした極端な感受性の強さによる繊細な気質のために、他の子と同じレベルのことをしているようでいても学校の環境から人一倍ストレスを受けやすく、慢性的な自律神経系の不調を抱えやすいのかもしれません。

そのような感受性の強さが引き起こされる身体的不調には、起立性調節障害や慢性または急性のストレス性高体温症も含まれまるでしょう。


このストレスから逃げようと乖離を起こすことが知られている。乖離とは、内外の強い感覚刺激に対処するため、感覚を切り離してシャットダウンしたり、意識を飛ばして空想に逃避したりする防衛機制、つまり脳を保護するためのメカニズムのこと。

乖離を起こす人は、すでに触れた、場の空気を読みすぎる「過剰同調性」を持っていることが多く、共感性が強すぎるあまり、耐えかねてスイッチを切ってしまう。

私も小さい頃からこれに近いことをしていたと今になって分かりました。しっかり体で反応していました。

*起立性調節障害で幼稚園の頃に入院。
*小学校から高校の頃までしょっちゅう発熱を繰り返していた。
*スイッチを切ってしまったことで感覚が分からなくなりボーっとしてしまうことが多かった。

感覚の感度は極めて鋭敏な人と比べるとそうでもなかったと思うが他人に合わせることが得意、というかどうして欲しいのかある程度分かったのでそれに応えていました。そうなると自分がなくなる、分からなくなります。自己肯定なんてできる訳がありません。

それでもこうして自己分析をし、自分を取り戻そうと方向転換できたのはこれ以上できなかった、我慢の限界が来たからではないかと思います。
自分の取り扱いが分からず、それを求めてずっと来ましたがスイッチを切っていたからだとようやく納得できる原因が分かりました。あとはスイッチを再び入れるだけ。

インナーチャイルド

カード、占い、診断
04 /22 2018
アニマルコミュニケーションをしている友人がおいしいランチを出すドッグカフェでイベントをしていると聞いていたので行ってきた。

犬がいる時何度かお邪魔したことがある。ドッグカフェと言うか、そこの看板猫もいるしウサギも訪れる、生き物カフェ。
友人と友人がカードを習っている先生もセッションをしている。私はそちらをふと受けてみたくなり久しぶりにカードセッションを体験。

インナーチャイルドカード。もろ、自分と向き合うコンセプト。

自分の本心は
「退屈」
どこかに行きたい(やりたい)けど待つのに飽きた。エネルギーを回したい。

その為にどうすればいいか
自分を癒すこと、満たすことが大切。
それには自分と向き合い心のゆがみを取る
癒しはカルマの解消につながるがやりたいこと、好きな事ばかりでは精神性は向上しない。

それが出来たら自分の中の可能性に気付き輝きが増すし自分のネガティブな感情もコントロールできる。

ほとんど予想通りの展開でした。予想外だったのは私がすごく退屈して急いでいること。


カードリーダーさんは私の発した「食べるのが面倒くさい」 「生きることが面倒くさい」
が引っ掛かったようで。
夜は特に食べるのが面倒くさく、ほとんど食べなかった時が3月~4月に在りました。
さすがに体重が4キロ減ったのでまずいかなと思い食べるようになって体重も戻ってきました。

こんな言葉は自己肯定以前の問題で感覚がマヒしていると指摘されました。
生命に対して満たされていない=病気への一歩

常にそう思っているわけでなく(おいしいランチに食いつきますし)、エアーポケットに落ち込むようにそんな瞬間があると。
私はそう感じる時はそれでいいと思うのですが私の体力、姿勢を見て危ないと感じられたよう。

生きる事への執着のなさが気にかかる、それで幸せですかとと言われたのですがそれとこれは別ではないかと思う。


今回の事は自分では自覚がなかったがエネルギーが枯渇してきたので(何とかしないと!)とヘルプを出したのだと思う。
カードセッションより友人に会いたかったのが9割。
その人はパワフルで会うと元気になる。
そしてドッグカフェにいたうちの子たちと同じボーダーさん、カフェの看板猫、おいしいランチ。
全てからエネルギーを分けてもらった。

何より、うちの子と同じ犬種を見て触っても泣けることは無くなった。これは大きな収穫だ。
感情が高ぶるよりただただ、可愛いなぁと思えるようにまで回復したと確認できた。
自分の中で大きなハードルを越えたんだなと思う。

つくる

工作、絵
04 /21 2018
昨日居合の稽古で竹刀の打ち込みをした。
相手は一年先輩の女性。
(師範は巻き爪が痛むのと彼女が打ち込みが好きだから)
おっとりした感じなのに打撃は予想以上に重い。

細かいところは問題があるが初めより確実に重い打撃になっているらしい。
その時は音が違う。
私は気持ちが先走りしすぎて前傾姿勢になりやすい。
(いや、気持ちに体がついて行かないからだ・・・)
視線を少し変えるだけで打撃が変わるなんてやらなければ信じなかったと思う。

時代小説の剣豪たちの立ち回りを読んでも
(大げさすぎ)
と思っていたからw

今回は竹刀だけでなく木刀で打ち込みをしたが手が弾かれそうになる。
木刀も折れることもよくあることだと聞いた。
これが真剣だったらもっと手ごたえが変わるだろう。
何より刀は重い。模擬刀より真剣ははるかに重い。
そんな打ち合いをしていたと考えると今現存している刀は余程丁寧に扱われていたのだろう。
国宝になっているような刀は寺社に奉納されていることが多いのは使用されていないのとメンテナンスが良いからだ。

と昨日教室の1人が自分の真剣を見せてくれたからそんなことを思った。
彼の真剣は居合神社に奉納されたものだという。
匕首のような鍔のない白木の鞘に収まっていた。
今も奉納されることによって刀鍛冶の技術が磨かれているらしい。
ただ、重すぎて使えないので鑑賞用。確かに重い。

振れないという事から思いついて練習用の木刀もどきを作ってみた。
3㎝×1cm×1mほどの木を削って手の当たりを良くしサンドペーパーで仕上げたなんちゃって模擬木刀w

これで素振りの感覚をつかもうと思う。
今まで体育会系の事をしたことが無い分、何でも新鮮だ。
そして絶賛筋肉痛。

ばったり会う

気付いた事
04 /18 2018
今回実家に行ったのは友人と遊ぶため。
(友人が2年前から行きたいと言っていたところが友人宅と私の実家の間にある)

自宅からでは遠いので実家を旅館代わりにと。まあ、ちょこっと掃除もします。
兄1には行くときは連絡をしてくれと言われてたのでこの日に行くとだけ言って何時とは言っていません。
兄1は時間にルーズだし、こちらも寄り道するし渋滞もあるから。

夕方到着して窓を開けていたら兄2が夫婦で来ました。
では晩御飯を一緒に…と言っていたら兄1到着。
三人ほぼ同時に到着。

先週電話で相続や法事の事で相談するため一度集まらないとね~と言っていたら偶然出会って話し合えました。
皆の都合のいい日がこの時で上では約束できていたのでしょう。
兄1は用事を済ませて、兄2はふと線香をあげに来たそうです。
五次元にいるのかもしれません。

何十年ぶりで兄弟揃って食事に行きましたが兄2が未だにピーマンとなすを残していたのが笑えたw

体の使い方

稽古事
04 /14 2018
居合を始めて叶ったことがある。
「男性の着物姿っていいなぁ。見る機会があるといいのに」
「和服をもっと着たい」

和服の中に袴が入るとすれば毎週着ることになる。
茶道のようなきれいな和服ではなく道着だけど剣道と違い帯も結ぶ。

男性の着物は線の細い若い人よりちょっと恰幅のいいオジサンの方が似合う。
おじさんたちは道着ではなく着物と袴で稽古をする。
この時は眼福だなあと技を見るふりをして楽しんでいる。

自分の稽古というとまだ刀になれるところ。
一つ目の型の2種類を稽古中だが一つに集中するとどこかがおろそかになる。
頭でわかっていて、間違いなくできても、見る人が見れば全然なっていない。

モノの分かり方と同じだとつくづく思う。上には上がある。そして彼らおじさんたちも同じことを言っている。

私の直接の師範は若い。甥より少し年上位だ。
師範の勤務の関係でまだ2回しかお会いしていない。
私が運動系を何もしてこなかったのが分かったのだろう。
竹刀で打ち込みや棒の押し合いで力のかけ方を感じる稽古をしてもらった。

暖簾棒みたいなのを押されただけで体が吹っ飛ばされ、こちらが押してもびくともしない。
竹刀の打ち込みも初めは持ちこたえた物の、ちょっと本気でいきますと言われた途端、またもや吹っ飛ぶw
マンガの世界の様だった~

今まで自分の体のどこに力を入れるか、どう動かすか全く知らなかったのだと分かった。
筋肉がないからできないのではなく(それもあるけど)使い方を知らなかったのだ。

新しいことを始めると新しい見方、体験ができる。毎週筋肉痛でこの年には堪えるけど面白いと思えるのでやって正解だと思う。

早く筋肉がついて欲しい・・・

でりあ777

この絵はPANDORAで描いて頂いた「私の本質」
魂の故郷シリウスだそうです。

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。