アニー1号、考えてみた  2

気付いた事
08 /25 2017
アニーが荒れていた高校生前後くらいから、母も悩んでいたのでいろんなところに見てもらいに行っていた(霊視とか占いとかの類)
(私との間にはそれよりずっと前、幼稚園の頃からあったのだが母には問題とは映っていなかったようだ)
私はお付きで連れていかれたが鑑定をしっかり聞いたわけではないがその後の祈祷やらは一緒だった。
祈祷はお不動さんが多かったせいかその時は自分の中の荒れる心を滅してくれと願った。
不動明王の降魔の三鈷剣(魔を退散させると同時に人々の煩悩や因縁を断ち切る)で自らを切るイメージをしていた(陶酔次元、その頃は何も疑問に思わなかった。高校生だし)

アニーをどうとかはあまり思っていなかったように記憶している。
全く思っていなかったとは言えないけれど比重は少なかったと思う。

叫びたいのに叫べない、不満と怒りで一杯の自分の心をなんとかしたかった。それで精いっぱいだったんだな。
あの時アニー1号に立ち向かっていればどうなったのか。そんなパラレルあれば見てみたいものだ。

母はどうだったかは知らない。そんなことを話したことはない。
しかし今も母はアニー1号のことを愚痴る。
生まれた時から問題ばかりだった、なんであれは変わらないのかと。
そして90歳になった今も息子にアドバイスと生きていく心得を手紙に書いている。
生活を改めるようにと。

手紙について私に意見を求めるので「無駄だよ」
と言うと「親の責任である」とか「親ならこうするのが当然」 「あの子がちゃんとした生活を送っているのを見ないと死ねない」
とかいうからいつまでも続いているのだと思う。

普段はどちらとも全く会わないので平穏である。でも電話というもので母が接触を図ってくる。
いつも最後は「人生なるようにしかならん、なんとかなる、心配するな」
で締めくくる。反語的用法の口癖だと思いつつ電話を切る。

そんな時は自分の感情を見る良い機会だが、まだまだな自分を発見する。
アニー1号のつもりが母になったよ。

アニー1号は前座だったのか・・・

そのアニーも自分の中でどうにもならない状態だったのではなかろうか。
中学~高校生の頃は興福寺の阿修羅の正面顔に似ていると思う。あんなにキレイではないけれど。
ある意味修羅の道に居る人なんだと思っていた。

元よりエネルギーの強烈な人だ。でも「俺様な神経質のコミュ障」なので持て余したんだろうなぁ。
ある意味原発みたいな感じ。日々臨界点スレスレ。で、近くにいた弱い私が被ばくしたというところか。
若しくはごじら。
性質としては真中のアニー2号より優しいところ、情に流されるところもある。
任侠の人みたいと思う(実際会ったことがないのでイメージだけど)
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でりあ777

この絵はPANDORAで描いて頂いた「私の本質」
魂の故郷シリウスだそうです。