賀状

気付いた事
06 /29 2017
帰省中、一日友人と会いました。
それで年賀状の話になったのですがお互いの認識が全く違っていて面白かったです。

今年の分は喪中を出し、その際「来年から出しません」という旨を書いておきました。

なぜ年賀状を出さない選択をしたのか問いただされました。
私としては
顔をおぼろげな、ここ何十年会っても話してもいない印刷だけの挨拶をすることに疑問を感じていたこと
お互い切ろうとけん制しているのが続いていること
つまらない賀状に時間をかけるのがいやでたまらなかったこと(準備は私の仕事)
喪中だったのでこれをきっかけに実行に移そう!
という流れでした。

でも友人は
賀状だけでも繋がってるってすごいこと
近況が楽しみ(家族とかその人の環境)
出していればその人が友達の近くに引っ越したらこんな人がいるよとつながりが広がる、前もそんなことがあった
(そんなことは望んでいない)

と全く価値観が正反対でした。違っていてもそれは全く問題ないので出してくれてもいいけど出さないよというだけ。
賀状を出すのは当たり前、世間の常識と考えている友人にとって私の考えは悪に見えたことでしょう。
出せないのではなく出さないという考えは彼女にはなかったようです。
それでもそんな考えの人もいるんだと認めてくれたので彼女は一つ悪を抱いたことになり私はそれを見せてもらうことができました。

こんな分かりやすい例を見ることで悪を抱くやり方を教えてもらいました。
基本は簡単なのに自分で複雑にしてるんだなぁ。

学生の時の年賀状は楽しみでした。皆手書きで個性があったから。
私もその人を考えてイラストを描いたので楽しかったです。一枚に何時間もかけたのもあったっけ・・・
今は年賀状でなく普通の時にやります。何時間もかけないけれど出したいときに。
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でりあ777

この絵はPANDORAで描いて頂いた「私の本質」
魂の故郷シリウスだそうです。