いわゆる「善人」の行動

気付いた事
04 /16 2017
子供が一人暮らしをするにあたり、観葉植物を置きたいというので我が家の鉢植えから特別強いものを選んで寄せ植えにしました。

選抜選手は「サンセベリア」と「オリズルラン」
部屋が思いのほか広いので寂しいからよいアクセントになると思い大きめの鉢に仕立てました。
そして引っ越して一週間。
昨日の電話で 「鉢植えが元気がなくなってしょぼんとしてきてんけど・・・」

わずか一週間!
聞けば毎日水をたっぷり上げていたのだとか。
元気がないから余計にあげていたとか・・・

あれほど乾燥に強いからあげすぎるなと!
世話の掛からないものを選んだのが裏目に出ました。
知らないというのは怖いです。

良かれと思って自分の中で最善のできることを考え無しにやって、結局悪影響を与えてしまう・・・

あれあれ、これって低次の善を行う人そのものではなかろうか。

本人は無意識にそれを「善い」と思っているのでしょう。たしかに「善」だし。
この人の問題は「それを超える善が存在すること」を知らないことです。

子供は世話をする=植物に水をあげるしか知らなかった、だから水をあげないことは悪だったので善を行うべくせっせと水をあげていたら植物の方が限界になってしまい弱ってきた。それで私にSOSを求めて意見を求めてきました。

今回のより高次の善は水をあげない、それだけだったんですが思いもよらないことだったのでしょう。

明日会うので引き取ろうか確認してきます。

善人の行動がよくわかりました。寄せ植えさんたち、身をもって教えてくれてありがとう。
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でりあ777

この絵はPANDORAで描いて頂いた「私の本質」
魂の故郷シリウスだそうです。