高野山

お出かけ
11 /24 2015
この3連休は珍しく外出続き。

初日は夫が急に
  「高野山に行きたいって言ってたよなぁ、行こか?」

調べてみたら思ったより近く、いい道もできたのであっという間(誇張しすぎw)に行けそう。

高野山開創1200年でいろいろイベントが有ったがそれをイメージしていたらしい。
もう終了してるけどそれでも行くと言ったので乗せてもらった。


マサトさんのCDを聞けば聞くほど高野山に行きたいと思っていた。
あと、霊宝館がお目当て。

行ったことがない奥の院にも行ってみたい。
願望実現。

明智光秀の供養塔は修理しても石が割れるという言い伝えがあるとか聞くと見たくなるじゃあないか!

夫にすれば戦国武将や大名、有名な家臣お名前が出てくるたびに薀蓄を吐けるので楽しめたようだ。

それにしても高野に攻め入った信長や秀吉の供養塔があるのは面白い。

信長に至っては一つの供養塔だけで隣は筒井順慶、不明な供養塔に挟まれてひっそり立っている。

金堂や大塔はマサトさんが言うように真言ショーのようにきらびやかだった。
その金堂前、お遍路姿の爺さんが30代のお遍路姿の夫婦にずっと話しかけていた。
彼らの出身地の江戸時代からの百姓の話を延々と。
遍路姿>一般服の人    歩き>車
みたいな価値観なのか、私たちを含め普通の服の人はスルー。
歩いてきてこそよし、車できてもみたいな感じで語っている。
それができる=特別

信仰の深さを自分の努力で測ろうとする自分だけの価値観をダダ流しにされても困るだけとは露にも思っていない。
信心する自分の陶酔次元の狭さを目の当たりにできたが、「信心」の部分を変えれば自分にも当てはまることがあると思う。


氏がヘミで戦った奥の院も見ることができ満足。
見てどうってことはなくても、好奇心が満たされたから良しとする。
季節的にムカデはいなかったが、道が結構ぬかるんでいたのと寒さは堪えた。

時間はなく前世も過去も今であるという観点から、
奥の院の空海と信長の供養塔で今この時代で、お二人に繋がることができたことと道を示してもらっている事に感謝を伝えてきた。

供養塔の向こうで何が起こっているのだろう。
  ・・・え、余ではないのか?いふとは誰じゃ。
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でりあ777

この絵はPANDORAで描いて頂いた「私の本質」
魂の故郷シリウスだそうです。