Deepな世界、石切

神社、寺
09 /19 2013
実家から近いこともあって一人で(ここ大切!)観光に行こうと思い立ち、選んだ先が石切さん。

初めは秋篠寺に行くか新薬師寺に行って奈良町と思ってたんだけど、近鉄線のホームに立って急に「石切さん」に決定。それも通常の石切劔箭神社ではなく、行ったことのない上之宮に行こうと。

いつも気になってたんです。でもそちらに向かっていく人は皆無。
まだまだ暑さの残る中、てくてく結構きつい坂を上ります。

いつも行く石切さんよりずっと規模は小さいけれど静かでいい雰囲気です。どうしてこちらに今まで来なかったか悔やまれます。祭神はもちろんニギハヤヒノミコト。

本来はここにいらっしゃいました。

亀の置物に埋め尽くされた池を過ぎると婦道神社がありました。

御祭神は、弟橘姫命(おとたちばなひめのみこと)さんです。

弟橘姫さんは、日本武尊(やまとたけるのみこと)さんのお妃様です。

第12代景行天皇の御代、日本武尊が東国の平定に向かう途中、
相模(神奈川県西部)の海上で暴風雨に遭った際に、
弟橘姫命は、日本武尊の無事を願って、船上からわが身を海に投じたと伝えられています。

日本の婦道の鑑として、ここの婦道神社に祀られています。

少し離れて登美霊社です。
御祭神は、三炊屋媛(ミカシキヤヒメ)=登美夜毘売

饒速日尊(ニギハヤヒ)さんの、お妃様さまです。(長髄彦の妹、宇摩志摩治の母)

三炊屋媛さんは、この地に天降られた饒速日尊と大和一帯を治めていた登美一族の長であり兄でもある長髄彦との仲を取り持っていたと伝えられています。
力を合わせて国造りが出来るようにと、「和解と協力」「平和と繁栄」の象徴とされてお祀りされています。

合わせて、私たち自らの魂を自我霊尊として お祀りしている鎮魂道場。

登美霊社の建物は、前方後円の古墳と太古の住居を形どったもので御母神の住まいとして曲線で構成されている。
前の宮司さんが考えたそうです。
薄暗い中は紙垂で埋まってる!というほどあります。そして本物の火がずっと灯されています。

斬新すぎる。参道を下って下って石切劔箭神社まで行きましたが、上之宮に持っていかれましたわ。
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でりあ777

この絵はPANDORAで描いて頂いた「私の本質」
魂の故郷シリウスだそうです。