シェパード

気付いた事
10 /16 2017
頼まれた絵を描いて、以前ゆのはさんと幸せの象徴の話していて私は「シェパード」と答えたのを思い出しました。

あの子と居てるときは結婚前で自分以外何の心配もなく学生だったことから好きなようにできていたからだと思っていました。

違うな、あの時だけでなく、いつだってそうできる。

それから毎日シェパードを見かけます。いままでこんなことはありませんでした。

出かけた先で車から見た散歩しているシェパード (しかも連れていたのはよぼよぼの爺さん!)
本を読んだら犬は関係ないのに出てくるシェパード
ドラマを見ていたら重要な役で出てきたシェパード

日常の思いがけないところで出てくる。
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趣味、読書w

気付いた事
10 /04 2017
最近、物わかりの悪さをしみじみと実感し、指摘もされて情けないことに、自分は何について考えるのかさえ分かっていないことに気が付きました。
ホント、今更です。

ぐれんで記事になっていた「趣味」の話を読んで思い当たることが。。


履歴書やらアンケートなどで趣味を書く欄があると私はいつも
「読書」
と書いていました。まぁ、本当に好きだし当たり障りもないことですし。
読書と書いておくだけでどんなジャンルとか聞かれたこともなし。
他人は読書と聞くだけで満足する程度のものだと分かって居ましたので安心して「読書」と答えていました。

でも私が読書をするのは現実逃避だと分かりました。(読むこと自体好きなのでそれだけではありませんが)
読んでいる間は深く考えなくてすみます。
特に軽い小説なんかはその傾向が強いです。
本来考える時間を本を読むことでそうした気になって自ら欺いていたのではないかと。

若い頃「趣味は読書」と得意げに言いまわっていたのが恥ずかしい!
本をよく読む人をそれだけで(よく知っているな、賢そう)なんて特別扱いしていました。
これ、逆もまた思っていたんですよねぇ…

キチンと思考しながら読む人もたくさんいらっしゃるでしょうが趣味なんて
>時間と金と労力の無駄遣い

らしいのでこれから本をたくさん読んでいますと他人に申告されても
ああ、さふですか
と淡々と答えられると思います。

写真

気付いた事
08 /31 2017
友人と行きたかったバベルの塔展に行ってきました。
せっかくだから仕上がった浴衣を着て行くよと前もって友人に伝えておきました。
私の家庭科の成績を知っているので信じられないと言っていたから本当にできたことを証明。

美術館で会うなり写真撮る!と言ってくれたので、展覧会に合わせたパネル前で撮る事に。
和裁の先生に送りたかったので私のケータイで撮ってもらい、もういいかと思ったら彼女のスマホでも撮り始めました。

すぐ終わる、と立っていましたが中々撮らない。構図を決めているようです。
大学の専攻は美学科なのでこだわるのでしょう。
でも他の人も待っている(彼女の後ろなので彼女は見えない)ので早くしてと言ってもぐずぐずしているので私が動いてサッサと場所を譲りました。

後でケータイを確認するとピンボケ。これはカメラの性能が悪いので仕方ない。
でもせっかくパネルの前に立っているのにパネルの大事なところをブチ切って床を多めにとるのはなぜだろう。

送ってもらったスマホの写真はピントは甘かったけど許容範囲。
これにも「でも」と付けたい。
なぜパネルを切って消火器をすべての写真に入れるのか。あれだけ時間を取りながら、です。

彼女には全体が見えていないのではないかな。
撮りたいと思った対象しか見えない。周りが見えていない。
撮りたい構図があるとして、それに近づけるために自分はあまり動かない。私にこっち向いてと指示を出す。

そういえば彼女は私の撮る写真は凄いと褒めてくれる。
私にすれば普通の写真なんだけど。その普通のことができていないのだと思う。

普通の事とは
・フレーム内に見てほしくないものがあるときは隠すか外す(消火器とか)
・地面を強調しない
・自分が動いて位置を決める(左右、前後、上下)
・ぶれないように固定して構える(ピンボケ防止)

子供のことで悩みを抱えているが写真だけでなく日頃から全体が見えていないのが原因かもしれない。
至近的に対象しか目に入ら無いのかもしれない。周りを取り巻くぼんやりしたものも大切なのに。

自分が動くのでなく相手を動かす。これは自分は変わらなくて相手が変わることを望んでいると思う。
今回会っている時も「あなたはいいなぁ」 「あなたが手に入れた物(ガチャの景品)の方がよかった」
こんな感じのセリフが多かったので一言くぎを刺しておきました。

話を聞いて欲しいと相談に乗るのは彼女が好きだから。
一緒に出かけて楽しいんだけど(特に芸術系)あんまりだとこちらも疲れます。
分かってくれるといいな。

そう言っても自分も全体が見えていないと思います。
彼女を通しての警告。人のことは分かるけど、という典型ですね。

浴衣ですが自分サイズに合っているとこんなに着やすいものなんだ!

アニー1号、考えてみた  2

気付いた事
08 /25 2017
アニーが荒れていた高校生前後くらいから、母も悩んでいたのでいろんなところに見てもらいに行っていた(霊視とか占いとかの類)
(私との間にはそれよりずっと前、幼稚園の頃からあったのだが母には問題とは映っていなかったようだ)
私はお付きで連れていかれたが鑑定をしっかり聞いたわけではないがその後の祈祷やらは一緒だった。
祈祷はお不動さんが多かったせいかその時は自分の中の荒れる心を滅してくれと願った。
不動明王の降魔の三鈷剣(魔を退散させると同時に人々の煩悩や因縁を断ち切る)で自らを切るイメージをしていた(陶酔次元、その頃は何も疑問に思わなかった。高校生だし)

アニーをどうとかはあまり思っていなかったように記憶している。
全く思っていなかったとは言えないけれど比重は少なかったと思う。

叫びたいのに叫べない、不満と怒りで一杯の自分の心をなんとかしたかった。それで精いっぱいだったんだな。
あの時アニー1号に立ち向かっていればどうなったのか。そんなパラレルあれば見てみたいものだ。

母はどうだったかは知らない。そんなことを話したことはない。
しかし今も母はアニー1号のことを愚痴る。
生まれた時から問題ばかりだった、なんであれは変わらないのかと。
そして90歳になった今も息子にアドバイスと生きていく心得を手紙に書いている。
生活を改めるようにと。

手紙について私に意見を求めるので「無駄だよ」
と言うと「親の責任である」とか「親ならこうするのが当然」 「あの子がちゃんとした生活を送っているのを見ないと死ねない」
とかいうからいつまでも続いているのだと思う。

普段はどちらとも全く会わないので平穏である。でも電話というもので母が接触を図ってくる。
いつも最後は「人生なるようにしかならん、なんとかなる、心配するな」
で締めくくる。反語的用法の口癖だと思いつつ電話を切る。

そんな時は自分の感情を見る良い機会だが、まだまだな自分を発見する。
アニー1号のつもりが母になったよ。

アニー1号は前座だったのか・・・

そのアニーも自分の中でどうにもならない状態だったのではなかろうか。
中学~高校生の頃は興福寺の阿修羅の正面顔に似ていると思う。あんなにキレイではないけれど。
ある意味修羅の道に居る人なんだと思っていた。

元よりエネルギーの強烈な人だ。でも「俺様な神経質のコミュ障」なので持て余したんだろうなぁ。
ある意味原発みたいな感じ。日々臨界点スレスレ。で、近くにいた弱い私が被ばくしたというところか。
若しくはごじら。
性質としては真中のアニー2号より優しいところ、情に流されるところもある。
任侠の人みたいと思う(実際会ったことがないのでイメージだけど)

アニー1号、考えてみた  1

気付いた事
08 /24 2017
先日の記事からアニー1号のことを考えてみました。
子供の頃、12,3歳くらいまではどうやっても自分より大人の人には不利です(アニー1号とは5歳違い)

兄弟だとそのくらいまでが一番濃厚な接触がありいろいろ起こる時期です。そう考えると一般的にもこの頃は今まで持っていたカルマを払う時期に当たるのではないかな。
理不尽な目に合ったけどそれは仕方ないことだし、あれで大難が小難ですんでいた結果かもしれない。

兄弟からひどい仕打ちを受けた時、私は親に改善してもらうようにそのことを言ったかあまり記憶にない。
その頃両親が忙しいので煩わせたくなかったので言わなかったことが多かったと思う。告げ口するなと脅されていた気もするし・・・
アニーたちが飽きるまで耐えていたと思う。 諦めていた、が近い。
ひたすら亀のように殻の中で縮こまってやり過ごそうとしていた。

「人は泣いた(傷ついた)分だけ強くなる、優しくなれる」
どこかで読んだ言葉を救いにして強くなれるのを夢見ていた。いや、強くなれんよ、今もヘタレだ。
今なら泣かなくても強くなれると言ってやりたい。
こんな言葉を広めたやつはどこかでいじめを容認しているから泣くことを美化してる(≒泣かしてもよい)のではなかろうか。
正に小善は大悪に似たり、だ。

自分の中では腐っていたけれど外には出していないので余計に時間がかかった。

今ふと思った。
自分の中で腐るのではなく発酵していたと考えてはどうだろう。
腐敗は周りに対して悪影響を及ぼすが発酵は場に良い影響をもたらす。

今、会っても怒りや恨みはもちろん変にこじれた感情は湧かない。(だからと言って好んで会おうとは思わない)
ひどい目に合えばいいとも思わない。
むしろ幸せになれよ、と思う。ifさんにアニー1号のために絵を描いてもらったこともある。
(もちろん呪いではなく祝福のためです(^-^)
腐敗ではなく発酵したからこの心境になっているんだと思う。


何もなければ元々軽薄な何も考えない性格だから今も浮かれポンチで生きていてもっと痛い目に合っていたと思う。
>若年期の魂を持つ人は自分の行動の動機をあまり考えない傾向があり、それを深く洞察するのが苦手である。
この通りの性格。
何もない時から考えられたら一番いいのだけど、それができないのが若年期w(笑うところではないですね…)
私の今世の魂の目標は「停滞」

◎停滞
私にはこれと言った野心がなく、この生涯で大きなことをする気もありません

私の人生は取り立てて変わった出来事はありませんが、快適です     (戦士!一夢庵より) 


発酵でなく腐敗していたら今のような穏やかな停滞の日々wではなく困った日々だったかもしれない。
ジェットコースターのような日々であくせくしていたとすれば魂として目標達成できず更に問題だった状態だったかもしれない。

12,3歳は魂の年齢での若年期くらいを指します。若年期までは導いてくれる人が必要とありますが本当にそうです。
魂だけでなく実年齢でも子供には導き手が必要なのに私には居なかった。だから待つしかなかった。

あの日々があったからこそちょっと考える気になってパンドラに会い今に至ったとすれば上の計らいはナント壮大で気の長いモノなんだろう。

でりあ777

この絵はPANDORAで描いて頂いた「私の本質」
魂の故郷シリウスだそうです。