自己中心

人間
07 /24 2017
自分たちで開催する講演会、ようやく日曜日に終えることができました。
何か月も前から打ち合わせを重ね、資料を集め、文献を読み込み準備しました。
チラシや添付プログラムも手作りです。
メンバー7人は私を含む同じ歳の3人(A、B、私)が若手というIT弱者の集まり(=年配者集団)

それが講演会3日前、Aさんが
「自分ばかり雑用を押し付けられて何もできない。家事もできない。
もうやらないから夫と一緒に(幹事に)話をつけに行く」と言い出したようでした。

一方的な思い込み、自宅のカギを失くし家から出られなかったこと、エアコンが故障して暑かったことが重なってのこの発言。
やりかけのプログラムなどの原稿を何の関係もない幹事の娘さんに押し付ける形で収まったのですが、当日それに対して何事もなかったかのように、むしろノリノリで一番乗りでした。
(参加しないなんて言ったのはどの口だ・・・)と幹事が脱力。

以上のことを同い年の3人のうちのもう一人Bさんがリアルタイムで教えてくれました(^-^;

Aさんは私たち2人ではなくBさんに訴えます。
多分Bさんはなだめて褒めるから。
小学校の先生なので一年生に接するように対応します。

この会も半ば仕事の様なものなので責任があると思っています。
それで会が終わるまでは続けてもらうよう、私自身も続けるよう努力はしますが今回でもう終了だと思いました。

BさんはAさんのパニック(ドタキャン)を今迄隠していましたが今回で皆の知るところとなりました。
幹事も次回開催を再考すると思います。

俯瞰すれば
私はこの会に参加することを良しとしていなかったがそれを抑え込んでいた。本当は終わらせたかったのに嫌と言えずに参加していて強制終了の形になった。
Aさんは悪の御用を務めてくれた。

もう一つ、Aさんの自己中心的なふるまいを見て(またか・・・)と思いましたが別件でifさんから「自己中心」と指摘されて初めてこの一連は私の自己中が引き起こしたものであったと分かりました。

また、Aさんがあれだけストレートに感情をむき出しにするのを見て、怒るを通り越してすごいなとさえ思えるようになりました。
それをできるAさんはかわいいなぁとまではいきませんが、可笑しい(嘲笑うのでは無い)、微笑ましいなぁと感じました。

Lykeion5の回答(№6:心の変化)を読んで(そんなことあるかな)と思っていたところだったので確認できた、というかある意味引き寄せたのかもしれません。

反省会が楽しみになってきましたよw

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縁切れ

人間
07 /03 2017
義父の四十九日法要の際にこれからは別の寺に納骨するのでこれ以降は結構ですと夫もやんわり言ったのですが、散々な目にあって縁を切った(つもりだった)寺のぼーずから施餓鬼法要の件で電話がありました。何故か私の携帯に。


宗派の特徴で施餓鬼を大々的にするらしいので叔母からどうするかと春に聞かれたときに
「こちら(永代供養した寺)でお世話になるので遠いし墓もないし寺とのおつきあいはしません」
と返事をし叔母も檀家でもない、墓もないしそうだねと納得してくれ、叔母から連絡しておくと言われました。

なので私たちの中ではもう縁は切れたと思っていたのですがこの電話。
散歩中坂を上っているときに掛かってきたので相手に話をさせることにしました。
延々10分ほどお説教されましたが反論することなく
いちいちごもっとも!、申し訳ございませんとバカっ丁寧な応対を続けていました(考えるのが面倒だったし)
相手は罵ることもできないので嫌味な言い方をしてきたのですがw
あまりにも下手に出るので向こうも何故かトーンダウン。

丁寧に返していると向こうから
「もうこちらへは来られないという事やな」
と言ってくれたのでついうっかり、
「はい!」と逡巡する振りもせず即答してしまいました。

これって前日読んで笑っていたサイトのコメントの褒め殺しを思い出し思いっきり丁寧に下手に出て対応しただけなんですが。コメントに慇懃無礼って書いてあったっけ~


叔母のことも考えましたが今は認知症で入院している叔母の夫の叔父が寺の檀家総代をしていた時から墓は別のところにすることを考えておくようにと言われていたので理解はしてくださると思います。

夫が応対していたら荒れたかもしれないけれどウッカリ嫁のやったことですから。はい!以外にもウッカリな返事もした気がするw
ボーズも自分から言い出したことですから。

これでスッパリ縁が切れました。夏至で波動が上がった余波かもしれません。

見直した

人間
05 /21 2017
夫は今単身だけど、しょっちゅう帰宅します。今週はタイ出張から直接こちらに帰ってきました。

週末報告資料を書いていたらしくPCに向かっていました(専用書斎などないのでリビングの座卓)
多分他の人の資料も読んでいたのか何やら文句を…

何のための資料、誰のための資料!
分かりやすくする姿勢が見られない。

夫が長年勤めていた会社は合併し吸収された形なので合併先の会社の規則に従う形になったそうです。
それが資料の作成一つとっても基本姿勢が違うのだとか。

今まで心がけていたのは
まず見やすいこと。
集中できる時間が短いので簡潔にすること(ダラダラ書かない)

今のところは細かい字でびっしり、保険の契約書みたいなのだそう(見る気も起らない)
上に提出するからには年配者が多いのに小さい字はまず読んでもらいにくいという事が分かってない(自分も含めてと思います)

資料を見せるという事でも見せる相手か、責任を追及されないよう自己保身のためか。
個人の資質以前に社風があるのだと知りました。

考えれば当たり前のことだけど、ちょっと夫を見直しました(家族相手には心遣いナッシングですが)

雑談から分かった 追記在り

人間
05 /16 2017
仕事(みたいなもの)の関係上、あるグループで2か月に一度くらいの会合があります。
メンバーは80代男、70代前半女、60代女2人、私を含めた50代前半女3人。

まあ、高齢者の集まりですわ。

その時70代のAさんが子供の時の話を始めました。
小学校の時、近所の友達の家に遊びに行って初めてメロンを食べた話を母親にしたら
「そんな上流の家とは付き合えないので遊ばない方がいい」
と言われたそうです。
でもAさんは気が合ったので普通に友達でいましたが親はもう何も言わなかったそうです。
その友人は21歳、政略結婚の婚約中に亡くなったそうですが形見分けまで頂いて今も大事にしていると。

その話を聞いた50代のBさんが
「うちの父親も近所のええところのぼんぼんと仲が良かったけど、その子が家に遊びに来た時、母親が(Bさんの祖母)あんな金持ちとうちは付き合えんと言ってほうきではたき出したらしいw 
結局その子の会社に(父は)就職したのになぁ」
と笑いながら話に乗ってきました。

Aさんは地方ですが県庁所在地の町中に住んでいました。
Bさんは同じ県ののどかなw地域。(狭い世界)
Aさんの友人は代々続くお店(TVでCMも出す)のお嬢さんですがBさんの件の友人はちょっとしたお金持ち。

それにしてもほうきで他人さんの子を追い出す母親って・・・
そしてそれを受け入れたお父さん。
この話を「こんなの普通のこと」と話すBさん。

Aさんのお母さんは子供のことを思っての言葉。
Bさんのおばあさんは自分たちの見栄のための言葉。

同じ言葉でも意味が全く違う。そしてどうとるかはその人次第なんだなぁ。
Bさんの今迄訳の分からなかった言動と繋がりました(故なきことはない)

この話を聞いた時の他の方の顔が引きつっていたっけ(多分私も)(゚д゚) 
結構大きな声で笑いながら言うのでみす度の店内に響いたのでこの話は終了。


このことがあったのはファティマの聖母出現から100年の5/13でしたw

モヤモヤ

人間
02 /03 2017
昨日の集まりになぜもやっとしたのだろう。
Aと二人なら全く感じなかったもの。

初めにBと会ったとき(Aが遅れたので2人で会話)
「3人で会うときはラフな格好にしよう、化粧もしなくて良いよ」
と言われた時からか。見て分かると思ったが私はほとんど化粧をしない。
さらっとファンデーションと口紅位だ。ほぼすっぴん。
それを見てわざわざの宣言。
彼女の言い分は3人以外男性がいないのでいいじゃないかということらしい。

あー、その発想はなかった。
着飾ることはないが出かける時くらい好きな服を着たい。
ランチはビュッフェだったのでワンピースを着たのが気になったのか?(二人はパンツ)
いや、これ母のお下がりの20年ほど前のニットなんだけど。

あと、自分が語る私たちの知らない話はとうとうと語るけれど、私たちが語る話には黙って反応がない。
無言の圧がかかって一旦その話を打ち切るとまた自分のターンに持ち込む。

以前は彼女が回ったいろんな国の話で面白かったが、今回は彼女が最近行っている他の同級生との飲み会(の愚痴)と子供の頃の話がほとんど。

興味がないんだけど。少しくらいなら社交辞令で聞いていられるけど、どうでもよくなってくるほどは要らない。
今更当時の話をされても覚えていないし(全く記憶にない人もいた。名前も顔も)食い違っていることも多い。

私たちに会いたがったのはその間話を聞いて貰えるからだな。
会話がしたいのではなく。
タイムカプセルの中に詰め込まれた気分。

しかし彼女の話を聞いていて子供の頃から人はあまり変わらないのだなと実感(彼女の話が正確なら)
産婦人科医になった子がDVで離婚してるって…HPの笑顔はまやかしだ。そんな医者には見てもらいたくないなぁ。

まあよかったのは話を聞いて子供の頃の劣等感が失せたことと目線の違いで認識がこうも変わるのかというところ。
こんな人たちになぜ委縮していたのか。
意地の悪い人は今でもそうらしいので同窓会に行く事はないだろう(その人たちはほぼ参加するらしい)
そこは感謝だ。

でりあ777

この絵はPANDORAで描いて頂いた「私の本質」
魂の故郷シリウスだそうです。