犬を飼う事

01 /17 2018
問題集で仏教の事ばかり考えていたら日曜に友人から
「犬を飼うことについて仏教的立場で考えた」
というメールが来ました。

生き物を飼うって「布施」の精神なんじゃないかな。
ペットって言ってしまうと、人の身勝手という印象になるけど、
托鉢僧へのお布施と考えると、なかなか深い。
・・・・・
熱心な仏教国では、托鉢僧に食べ物を喜捨すると、徳を積めるといって
皆、こぞって布施するらしい。他者を生かすとは、最高の徳なんやな。
・・・・・
そんなこと考えながら、寒空の下での散歩に耐えています。
公園でしばしの放生。帰ったら布施。


そんな目線で考えたことがなかったから面白いなぁと思いました。
徳を積むために布施をするのは厳密な理論では意味がありませんが、質の低い衆生にはまず形からという事なんでしょう。
考えていたことがそのままメールで帰ってきました。

でも価値観と言葉の定義の違いからかちょっと違和感が。
私もナンチャッテ仏教的に考えてみました。

私と縁を結び何かしらお互い学び合おうという前提。
うちに来た犬は慈悲が形を取ったものと考えています。
犬の方が私に多くを与えてくれていました。もちろん物質的なものではありません。

「慈」は与楽、「悲」は抜苦

もう、そのまんまでしょう?

犬には上から目線で「救ってやるぞよ、助けてやるぞよ」という気持ちはなくストレート。感情のままに行動します。
必要な時に必要なだけ寄り添い、一緒に楽しんでくれるだけ。
説教なんてしませんw

人側が生殺権を握っていて(生活面で)言語が通じないため受け身ですが逆に行動全てが雄弁に語っています(きっと)
こちらに心がないと何も受け取れないという高度なメッセージです。
どれだけも受け取ることはできていなかったと思いますがそれが彼らからの布施だったかと。

一般的に人間は犬に食べさせてる、散歩に行ってやっている、遊んでやっていると上から目線。
しかも反抗は一切認めない。愚痴と命令と禁止の言葉がほとんどではないかな。
布施、喜捨とは程遠い言動で犬に相対しています。
それなのに犬たちは懸命に寄り添おうとしてくれる。

私はその慈悲に甘えすぎ、そこに執着してしまったから居なくなって辛いんだと思います。
在って当然のものがない、二度と反応が返らない。そう思うだけで寂しく視界が暗くなりました。

居なくなった寂しさを忘れるためか、自分は本当に犬と暮らしていたか疑う時期もありました。
楽しかったことが妄想だった気がしました。そんなことは無いのに!
別れが辛すぎて別れをなかったことにする(妄想だから初めから無かったという虚偽)暴挙に出ました。
バカだ、私。前から知っていたけど思う以上にバカでした。

居なくなって感じたこと。
仏教のキーワードに
諸行無常―すべてはうつり変わるもの   というのがあります。

世の中のあらゆるものは一定ではなく、絶えず変化し続けているという真理

全て存在するものは絶えず移り変わっていると観察する人生観であり世界観


何の根拠もなく、自分と犬が離れるのはもっと先だと思い込んでいました。
だから急に居なくなる事(=変化)に心がついて行きません。

自分が向上し、世界が変わることを望んでいるのにそれとこれは関係がないと。
自分の尺で他も括ってる。

頭では分かっていた(知識)けどミの次元では分かっていなかった、本当の変化を望んでいなかったのだと分かりました。
これでは変化するはずもありません。
犬のいない生活を送ることでようやく無常について理解が進んだと思います(ナンチャッテ仏教観ですが)

日々ほとんど変化のない生活は安穏で楽かもしれない。
でもそこには刺激もきっかけもなく思考することもなく漫然と息しているだけ。
向上なんて夢を見すぎもいい所だ。

犬を飼う事からこんな着地になってしまいましたがそろそろ動こうと無意識では決めているからと思います。
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気持ちが着いて行かない

11 /30 2017
この時間に散歩の用意をしなくて良いなんて、こんなにつまらないことは無い。

さっきもカーテンが揺れたんだけど。

アリさんを火葬場へ連れて行き帰ってきた家の半端ない空虚感。

昨日、今日と朝の散歩友達が付き添ってくれました。よく遊びに行った海の見えるところで最後を看取りました。
1人だったら運転もままならなかったかもしれない。

真っ黒だった体が扉から出てきたら骨だけの真っ白になったのを見ると小さな体で(小さくはないかな)よく頑張ったと思う。


若い頃飼っていた犬が亡くなった時母にゴミのように処分されて以来ボーさん、アリさんと段階を踏んで自分の納得いくようなお別れがようやくできました。
哀しいのは変わらないけれどな・・・

昨日、今日と娘が帰って来てくれています。動かなくなってからだけど会えてよかった。
直接お別れが言えてよかった。
私もご飯を作るという仕事があって少し動こうと思える。

娘だけでなく友人もお別れを言いに来てくれたんだけど、その心遣い、温かい世界に住んでいるとしみじみ感じる。
ありがとう。

突然

11 /29 2017
朝、階段から下りてきてもアリスから挨拶がありませんでした。
いつも階段を向いて寝ているのに玄関を向いていました。

寝る前に
「また明日」
というのがお約束でしたがその明日は彼女には来なかったようです。
1人で逝ってしまいました。

その日に限って早朝目が覚めたのに寒くて布団でグズグズしている間かもしれません。

前の日まで本当に普通に生活をし、散歩に行き郵便のバイクにロックオンし、宅急便の叔父さんを威嚇し、気持ちいいほど食べていたのにあっけなく逝ってしまいました。
4月末に手術をしてからはおまけの時間と思って覚悟はしていたけれど哀しくて寂しいのは止められない。

なんでこんなに突然なんだろう。
長い間本当にありがとう。

アリスの犬生

10 /27 2017
天気もいいのでアリスを洗いました。以前娘と温泉に行ったとき間違えて持って行ったサンプルのシャンプーでw

いつものより仕上がりが良い!ブラックカラー用なので自分でも使いたいくらいです(と思ったら自分用のシャンプーの何倍もした…)

シャンプーをして手触りの良い体を触っているとお互い幸せな気持ちになります。
先日猫に興奮して倒れた時は体がぐにゃりとなり、目も開けられない状態だったことを思うと普通に一緒に居られることが幸せなんだなと。
一日4回排泄するのに散歩(自宅では我慢するので)に行きます。
自力で歩いてくれるしそんなに悲壮感はないのですが
「大変ね」 「うわあ」
人から見るとそんならしいです。

あやにゃんさんのところのルルさんは賢者で人との絆をきちんと知っていて個性にあふれています。以前にもあやにゃんさん家にいた様でもあります。幾度も犬生を重ねて人と強いきずなを経験している子です。

ブログや通信を読むたび、その感性の豊かさに感心します。
そして勇気をもらいます。
でもうちのアリスお嬢様は今回初めて飼い犬になったのではとふと思いつきました。
今迄犬だったけれど人と強い関係を築いてこなかったのではと感じました。

ロッドで聞くと
野良犬であったことが多く、飼われていた時も無関心だったり多くの内の一頭だったりで人と特別な関係を経験したことがなかった子でした。初めて一対一での関係を築くのは不安だったので先住犬ボーのいるうちを選び、ボーもアリスのサポートのために働いていました。

アリスは生まれてすぐ、同居犬の祖母犬に頭を噛まれて頭に穴が開いていたらしいです。同じように襲われた兄弟はそれが元で亡くなり、残った子犬たちは母犬の家から父犬の家に移りました。
そのせいか、頭の上からくるもの(人の手を含む)を異常に恐れました。今ではよく知った人ならおとなしいですが知らない人、子供には警戒態勢に入ります。
今迄叩いたことは無いんだけれどどこかに恐怖が残っているのですね。

普段は居間の横のデッキにいるのですが人が窓を開けると大抵一旦自分の小屋にすっこみます。
甘える時はベタベタで撫ぜろと要求しますが私たちが体を動かしただけで緊張するので半野生動物と暮らしている感じです。
私たちのことは好きでたまらないのだけれど表現方法が分からない感じ。未だ加減ができにくいです。

12年半かけてようやく人に慣れてきました。願わくば常に心の底から安心して暮らしてほしいものです。
次に犬として生まれた時はもう少し楽に暮らせたらいいね。

そう考えるとボーはいつも安心しきった態度でアリスに見本を見せていたんだなぁ。
彼は散歩仲間に「愛のメッセンジャー」と呼ばれたこともあるほどおおらかな子でした。
そんな犬がいるところをアリスはちゃんと分かって選んでいたのでした。
だからアリスが何をしてもボーは許していたのだな。
ボーが亡くなった時、我慢させていたと申し訳なかったけれどそれはボーとアリスのお互いの成長の為だったのだと今分かりました。

残り少ない彼女の犬生を穏やかに過ごせるようボーのように寄り添っていこうと思います。

動揺

10 /04 2017
昨日の朝、起きて階段を下りていくと薄暗い玄関のカーペットがどす黒く汚れていました。

頭に浮かぶのは血反吐か?!
犬の姿も見えない。慌てて降りて確認するとお小水でした。犬は漏らしたので怒られると思い隠れて出てこなかっただけ。

本当に良かった、お小水くらいで。

今迄だとイラついていたと思います。玄関カーペット一面びっしょりですから。(うちは小型犬ではないw)
でも今回全くそうはなりませんでした。犬の元気が確認されるまでは動揺しましたが。
前の晩雨がひどかったので排泄に連れて行かなかったからです。

でも2時間留守の間にも漏らしていました。いくら利尿剤を服用していてもこれはおかしい。

膀胱炎でしたよ・・・
これは成ってみないと分かりませんがかなり辛いです(経験あり)

お蔭で気持ちのぶれが少しはましになっていることが確認できました。
身をもって教えてくれてありがとう。

でりあ777

この絵はPANDORAで描いて頂いた「私の本質」
魂の故郷シリウスだそうです。

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