FC2ブログ

我が強い

気付いた事
05 /18 2019
七坂を歩いた一週間後。
同じ友人と奈良に出かけました。私の実家帰省に合わせてなのでこんなすぐにw

今回彼女自身の自己分析は老年期の奉仕者の特徴そのものでした。
全く自分がないから大抵の事はどうでもいい。
親の言う通り受け入れて過ごした。
自分は軽度のADHDだと思う。
  >実際的で細やかな配慮が得意
奉仕者の特徴のこれがあまり発揮されなかったのはこのせいかもしれません。


私と同様親から過干渉を受けていましたがそれを干渉、支配と感じずそのまま同じ価値観を受け入れたのだと言います。

それで私のように自分を守るために鎧をまとうことなく、殻を作ることなく来たようです。
そのように鎧を付けるのは我が強いからだと。
自分は我が無いから守ることもなかったらしい。空っぽなんですと。
それは逆にすごいなぁ。

この我が強いという言葉に初め違和感を覚えましたがその違和感こそ認めたくない自己防御でした。
我が強いという言葉にマイナスイメージを持っていましたが若年期の自己へのこだわりにすぎません。
この一言で色んなことに対し一気に納得できました。

>奉仕者は社会や両親からの刷り込みを受けやすい傾向があり…
母親のいう事をそのまま実行でき、妹たちが何故できないか不思議だったそうです。妹たちも母と姉から言われて大変だったねぇ

仲が良かったけれどここまで深くお互いを掘り下げた事がなかったので意外な一面を知り合えました。
隠していたいこと、ぶちまけ合えて違う視点で見てもらい的を得たヒントが帰ってきました。

自分だけだと視点が固定化してしまい、自己弁護しがちなのでズバリ言い合える人がいることはありがたいなと思います。
スポンサーサイト

自己分析

魂の教え
05 /08 2019
いつも会う友人と住んでいたのに歩いたことのない天王寺七坂を歩きました。

その時最近一人暮らしになった友人が一人だと生活が成り立たなくなるようなことを聞きました。
何をしていいか分からない=不安になる
自堕落になってしまう
だから仕事をしている

こう話しながら自分は奴隷と同じで人から何かやることを与えられたらそれに向かって頑張れると自己分析しました。
彼女は老年期奉仕者

そんな情報は持っていないのにズバリ分析できるのは老年期だからかもしれません。
さらっと奉仕者の特徴と注意点を伝えることができました。
家族間でちょっと問題を抱えているので解決に向かうといいな。

パンク

気付いた事
04 /18 2019
一昨日、ふと思いついてゆのはさんに連絡し昨日会いました。
ゆのはさんの近くの図書館の展示に行きたくて連絡したのですが彼女も一昨日私を思い出したそうなのでお互い通じていたのでしょう。子供たちが早く帰宅するので14時まで会う事にしました。

展示は思っていたより内容がしっかりしていて行った甲斐がありました。
ゆのはさんオススメのパン屋さんも美味しく大満足でした。

ランチの後はいつもロッド練習をします。この日もその予定で気候もいいので外ですることにしましたがゆのはさんがロッドを車に忘れたといって取りに行きました。
私はベンチを探しましたがマシなのは人が座っていたのでシートを取りに車に向かうと私の車がパンクしているとゆのはさんが教えてくれました。
見ると…
右前輪がペチャンコです! これ以上ペチャンコにできないくらい見事なパンクw
走ってきたときは何の違和感もなかったのですが、徐々に来ていたのかもしれません。

スペアタイアがないため任意保険についているロードサービスに連絡し整備工場に運んでもらう事にしました。
車を購入した店がここから7,8Kで比較的近かったためそこを指定しました。でもよく聞くと車は運んでくれますが安全上、私は自力でそこまで行かないといけない。公共交通機関では行きにくいところなのでタクシーか…と考えていました。

ゆのはさんが近くにオートバックスがあり、そこなら私を送ってくれると提案してくれました。
お蔭でロードサービスで運んでいただき無事タイヤ交換してもらえました。

年末に点検に行った時、傷んでいるので次回オイル交換(5月)の時に考えてくださいと言われていました。少し間に合いませんでしたが考えればベストな状況で起こったと思います。一人の時、知らない土地ではないところで本当に良かったと思います。

思えばたくさんのラッキーがありました。
・私はガラケーなので知らない店の電話番号を調べられません。なので番号が分かっていた購入店に固執していましたがゆのはさんが一緒だったので番号を調べてもらい、整備工場まで乗せてもらうことができました。
(ゆのはさんもオートバックスに行きたくて前日調べていた)

・車を停めたところも個人(店)の駐車場ではなく自治体の駐車場で広いスペースがありました。

・その日の朝に夫から4諭吉もらっていたので支払いに不安がありませんでした(葬儀用に降ろしたが余ったため)

・4月から新しくなった任意保険証を前日に夫が入れ直してくれました

パンクに備えて万全を期していたかのようです。
勿論、パンクなど起こらずオイル交換の時にタイヤ交換できるのが良かったのですがそれでは私が気付くことができないから起こったと思います。

パンクした前日、自分の右足首を強打し傷めていました。
同じ位置でパンクしたのは気付くべきことに気が付けなかったので再確認です。
長くなりそうなので一旦ここまで。

葬儀

人間
04 /14 2019
久しぶりに自分の実家に帰省し近くで友人と会う事にしました。
しかし当日朝早くに夫から義母が亡くなったと連絡があったのでキャンセルし、自宅へ向かいました。夫も単身赴任先から帰宅し夜遅く義実家に着き義母と最後の別れをしました。

西行法師は文治6(1190)年2月16日、73歳で息を引き取りましたが、生前こんな歌を残しています。
「願はくは 花の下にて 春死なむ そのきさらぎの 望月のころ」

その意味は「願うことなら、旧暦2月15日の満月の頃、満開の桜の下で死のう」という歌です。現在で言う3月中旬以降の満月の日にあたり、ちょうど桜が花盛りを迎える時期です。
この歌のように逝きました。


遠距離に住んでいたし(年3回義実家に滞在)、賢い人だったので嫁姑の問題はほとんどなく実母と居るより楽でした。

三年前義父が亡くなる前から発症していた認知症が進み、一人で暮らすことが困難になりケアハウスに入所したのが一昨年の秋。
すぐに体調を崩し入院、寝たきりとなっていました。夫も心の準備はしていてこちらに帰ってきたときは必ず帰省していました。
義実家の片付けを進めていましたが田舎の広い家で物を捨てられない世代の義両親。
やってもやってもキリがありません。
そんな空き家状態で黴臭く義実家に泊まるのは勇気がいるので毎日120Kの距離を移動しました。

地元の小学校教諭だった義母のために現職教員の義妹さんは香典を受け付けると彼女サイドに周知したと言います。
あれ、夫と香典は受けないと決めていたのではなかったっけ。
それを整理、処理するのは私たちなんですが・・・

夫といろんなことを決めるも常に上からの物言いで丸投げらしく、夫は初めは怒っていましたが終いにはあきれていました。

義妹はこの4月に校長に昇進。夫も同じく会社での職務は上の立場ですが、民間なのでそこまでではありません。
狂師は上から言うのが当たり前なのでしょうかね。

今回葬儀は葬祭場の紹介された住職に執り行ってもらいました。
住職によってこんなにストレスが変わるんだと驚きました。前回の住職とは縁を切って良かった!
法要も私はもういいやと思っていますが夫や義妹、親戚にはまだまだ大切なようなのでそれも尊重します。
満中陰まで空き家の義実家に祭壇は置けないと言うので義妹さんの自宅に組んでもらいました。
うちが遠くてよかった~

お骨を納めるまで義妹さんが何か言ってきそうですが魂の戦に負けないようしっかりしようと思います。

再生計画が延びた?

トンデモ話
04 /09 2019
冊子29が留守の間に届きました。(私はPCで受信するので留守中は見れません)その中で「易タロットを受けてのロッド鑑定」で4月ではなく8月に起こるというのを見てやはりと思いました。


4月29日に神社で奉納演武をする予定でした(3月半ばに急に決定)それで演武が決まってから再生計画は4月29日ではないかと思っていました(ロッド確認済)今日義母が亡くなり私が演武に参加できなくなりそうなので(延びるかも)と思っていたら帰宅して冊子で同じことを読みました。
これは計画が伸びたことを私に知らせるため義母が亡くなったと思います。
気が付いて欲しくて、友人と遊びに行くため自分の実家に帰省している特別な日を選んだようです(ロッド確認済)
義母の誕生日は8月15日。ぴったりです。寝たきり状態でいつ亡くなってもおかしくありませんでしたが最期に一仕事していったんだなと思います

でりあ777

この絵はPANDORAで描いて頂いた「私の本質」
魂の故郷シリウスだそうです。