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和歌山散歩  1

お出かけ
10 /18 2018
月曜日和裁教室のちょっと前にメールが入りました。そのままレッスンに入り終わったころにもう一通。

あやにゃんさんからで各々和歌山城攻略のお誘いと日時が決まったという内容でした。
わずか数時間…   早いっ
私も丁度その日だけ空いていたので参加表明。
以前も計画があったのですが雨でお流れになりリベンジです。

私は
*和歌山に以前住んでいた
*和歌山を題材にした本を出版するに当たり取材した(特に今回行った所)
*友人が和歌山を盛り上げる活動をしている為県外住みだけど引っ張り出される
ので和歌山に関してそこそこ詳しいと思います。
和歌山県民のりーちゃんと相談して大まかなスケジュールだけ決め県外からお越しの2人の希望に沿う形になりました。

参加者は
みゆきさん     職人魂
あやにゃんさん  賢者魂
りーちゃん     学者魂
私          学者魂     であります。
美しい写真と流れはルルさんにお願い (^-^)/

行く先々で歓迎のサインが現れ、神社では悪いことはできないよう監視wがありいい流れでありました。
参加者の役割が面白いほど顕著に表れ役割への理解が進みました。

賢者は(思い付きで)ボールを投げる。
職人はそのボールをカスタマイズする。
学者は投げられたボールをキャッチして返す。(下調べしてるから)
学者二人は賢者と職人が喜ぶのを見て満足する。

今回は私の良く知っているところだったので下調べはほとんどしませんでしたがランチだけはチェック。
眺めの良いところを所望されたので案内していたのですが何をトチ狂ったか右折の交差点で何度も「左へ」と言いながら手は右を差し、運転者を困らせ、同乗者を笑わせたのでした。

これは自分、ちょっと浮かれているでというサインではないかと気を付けました。
テンパっていたのかも。選んだお店を気に入ってもらえるかな…と不安だったのかも。
でもこれは要らない感情です。
店は私が行って気に入っている。自信持っておススメできる。
でも全ての人が気に入るとは限らない、好みがあるから。
こうしてこの不安はすぐ消して立ち直りました。  笑うネタとして「左へ」を使える!に変換。

引きずらなくなったのは少しは成長したからかもしれません。

もう少し続く…
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正反対の好み考

気付いた事
10 /01 2018
好みが正反対の事を考えました。試行錯誤、これも分かります。

服やインテリアで考えると自分の居心地のいいもの、似合うものが分からないからです。
自分で似合ってると思っても駄目だしされたり、これだ!と思っても実際にはそれほどでもなかったり・・・が多々あります。
分からないから体験している、自分でもそうじゃないかなと思っていました。

分かりやすい服の例で思い当たることがありました。
子供の頃から結婚するまで(結婚してからもしばらく)服は母が買ってきました。(要らないと言っても買ってくる)

自分でも服を買い始めたのは高校卒業してバイトを始めてからですが
・大学も制服だったので私服が要らなかったこと
・服にあまり興味がなかったこと
・本にお金がかかったこと
・お金があまりなかったこと
が重なりあるものを着ていましたがやはり母の趣味とは合いませんでした。

自分の買った数少ない服ばかり着ていたら母から文句が出ました。他に兄二人なので娘には女の子らしい恰好をして欲し かったのだと思います。

母自身がおしゃれだったので一緒に楽しみたかったとかも有ったと思いますが私にはそれが楽しいとは思えなかったので無理です。化粧もしなかったのも気に入らなかったようでした。

母の趣味はひらひらっとした女性らしいもの。
自分で買うのはラフな、男性的なもの。

自分でいうのも悲しいですがどちらも似合いません(。-_-。)

これは何十年もかかって母の趣味を刷り込まれてエレガントなものを着なければと思う自分と、それに反発して正反対な(母が嫌がる)感じのものを好きだと思おうとした自分ができたのではないかと。

それで取り敢えず居心地の悪くない、無難な服、街に溶け込んで目立たない服を着ています。


自分が好きだと思っていたのは他人の刷り込みとそこからの反発だったから、お蔵入り になることが多かったのだと分かりました。
結局無難に選んでいた、逃げ道で選んでいたと思っていた今の服たちが(居心地が悪くない)と思えるのはそれが私の好きだった、逃げではなかったと。

好きと言うのは色んなレベルがあるのだなと(これは低すぎ…)分かりました。
「好き」で分かったと思うのは何回目だろう。少しずつすぎて情けなくなります。

正反対

気付いた事
09 /19 2018
海外ドラマで「リゾーリ&アイルズ」という刑事物があり見ています。
ヒロインは2人で性格も容姿、経歴も正反対というありがちな設定です。

何故これに惹かれるか考えて、自分が正反対の嗜好を併せ持っているからだと思い当たりました。

例えば服を買いに行った時、冷静な頭なら自分に合わないと思われるようなものを買ってしまう事があります。
その時は
(これ、いい(((o(*゚▽゚*)o))))  と思い、似合う、着ると信じて買うんですが自宅に帰ると
(何でこれ買ったΣ(´Д`lll)エエ!! )   とお蔵入りか思い切った時着用するか。

なかなか学習できません。友人に聞くとそこまで振り幅は大きくないそうです。と言うより好みの方向は決まっていると。
服とかモノなら使わない、手放すという事が出来ますが人や縁はそうもいきません。

全く正反対な状況にどちらも居心地よくいられるのは自分に軸がないからではなかろうかと思い当たります。

所属している道場はゆるゆるのところで師範もゆるい(^^)`
出稽古に行っているところはいかにして仕留めるかを常に意識するところ。
どちらも結構心地よいので自分は何を目指そうとしているか分からなくなりますが良い所取りでいこうかと開き直りました。

自分の思う良い所が我善しでないことを意識しようと思います。

読書

魂の教え
09 /18 2018
趣味の一つに読書があります。ジャンル問わず常に何か読んでいます。並行して何冊か。

これは自分の魂の役割が学者であることに関係するのではないかなと思います。

学者は知識や情報を収集することを好む。その目的は人に教えたり、その情報を広めたりすることではなく、どんな時にでも利用できるように保管するため、すなわち収集することが目的と言える。そして、好奇心が旺盛で未知のものを調べ尽くさずにはいられない。また、何かテーマを決めてあらゆる角度から徹底的に探究することを好む…    戦士!一夢庵より


一つのテーマに関してネットで情報も集めますが本も何冊か読み比べます。
この目的のためには読書が手っ取り早い。
今まで何の疑問もなく
「読書は考えることに繋がる」
と思っていて、読書しないなんてもったいないとか、ややもすると読書を必要以上に持ち上げて何か崇高なものと捉えていた感があります。

でも私に関しては 
「他人の思考で頭が一杯になってその間自分で思考することが無くなる」
=他人に思考を明け渡す状態になっていたのではないかと気が付きました。

本を読んでいる間は考えなくて済むので楽です。そして新しいものに触れられてワクワクし、(この言い方が適当かはちょっと違和感がありますが)賢くなった感も得られます。学者にとって至高のひと時です(´∀`*)

考えるのに材料は必要ですが読書で得られるのは単に材料でしかない無いのにさも自ら考えて賢くなったと錯覚を起こしがちだった自分に気が付き絶賛赤面中・・・

若い学者あるあるではないかと思います。

夢二つ

夢判断
09 /12 2018
出雲旅行で楽しみが神社巡りだけどそれ以外にも宍道湖の夕陽と松江の和菓子職人の技と城がありました。
出雲より松江、ですね。
台風の次の日に見た夢にこの二つが出てきました。

友人とではなく夫とドライブで宍道湖らしきところを走っていてもうすぐ夕焼けがきれいに見えるからゆっくり見て帰ろう、と車を止めてみている。写真のように美しい夕陽だった。

そしてどこかの商工会議所か商店街の事務所みたいなところで大きなボウルに入ったこし餡を握って勾玉みたいなお菓子を作っている。繊細な上生菓子には程遠く、自分でも食べておいしかったらいいよねと言っている。


夢で松江に行ったんだと思います。
ロッドでもそうでした。そして出雲へは私が五感で感じたいから行っていないようです。

そしてもう一つ。

ここに来る前住んでいたアパートに住んでいる。そこも海に近いところ。
ベランダに亡くなった犬たち2頭がいる。夕方でそろそろ入れて~と犬が言うのでそのまま中に入れてあげる。
でも私はこの子たちが生きていないことを知っている。霊体だと一緒にいる誰かに説明している。
霊体なのにちゃんと触れて抱っこできる。そしてお互い言うことが全て理解できる。


これは本当は見えないだけでこうなんだよと特別に見せてくれたんだと思います。
ロッドではいつまでもこんな状態ではないけれど本当のようです。
何時までか決めるのは私ではありません。彼ら。
感性がちゃんと働けばいつでも交信可能。夢のような時間でした(だから夢だって・・・)

やはり魂磨きです。

でりあ777

この絵はPANDORAで描いて頂いた「私の本質」
魂の故郷シリウスだそうです。